Lake Hamana · Eel Aquaculture Since 1900

浜名湖鰻

汽水の湖が育み、炭火が仕上げる。日本の鰻養殖、はじまりの地。

静岡県 浜松市・湖西市

Scroll

湖と大地

浜名湖は、かつて「遠淡海(とおつあわうみ)」と呼ばれた淡水の湖だった。1498年、明応の大地震と高潮が今切(いまぎれ)の砂州を切り裂き、遠州灘の海水がなだれ込んで汽水湖となった。以来、湖には天竜川の伏流水と三方原台地からのミネラル豊かな地下水が絶えず注ぎ込んでいる。

海と川と大地の恵みが静かに交わる、この浅く穏やかな湖が、鰻を育てる土地として選ばれた理由である。

平均水深
約5m
年平均気温
約15℃
汽水化
1498年
一節

養鰻、はじまりの地

日本で初めて鰻の養殖に挑んだのは、東京・深川の川魚商、服部倉治郎だった。その眼が浜名湖に向いたことから、この湖は「養鰻発祥の地」としての歴史を歩み始める。

  1. 1879明治12年

    服部倉治郎、東京・深川の池で日本初となる鰻の養殖を試みる。

  2. 1897明治30年

    研究のため愛知へ向かう車中から浜名湖を望み、「養殖に適した地」であると直感する。

  3. 1900明治33年

    舞阪町吹上に約8町歩の養鰻池を築造。中村源右衛門らの協力を得て、浜名湖での養鰻がここに始まる。

  4. 現在

    100年を超える歳月を重ね、養殖の技術と鰻を食す文化は、浜名湖から全国へと広がっていった。

江戸時代、歌川広重が描いた「東海道五十三次」の新居宿には、すでに鰻の蒲焼を焼く屋台の姿がある。鰻と東海道の縁は、養殖が始まるよりずっと前からのものだった。

二節

なぜ浜名湖の鰻は特別か

温暖な気候

年間を通じて温暖で晴天率が高く、日照時間も長い浜名湖周辺の気候は、鰻がじっくりと肥えるのに適している。

ミネラル豊かな水

天竜川と三方原台地から流れ込む地下水がミネラルを豊富に含み、身の締まった鰻を育てる。

浅く穏やかな汽水

平均水深わずか5mという浅さと汽水の恵みが、養殖に理想的な穏やかな環境をつくり出す。

産地一貫の流通

養殖から仕入れ、加工、そして飲食店での提供までを地域内で完結できる、全国でも数少ない産地である。

三節

焼きの美学

白焼き

タレを使わず、ふっくらと蒸し焼きにする。鰻そのものの脂と旨みを、塩やわさびでまっすぐに味わう調理法。

蒲焼

白焼きにタレをつけ、香ばしく焼き上げる。店ごとに異なるタレと焼き方が、味の個性を分ける。

浜松では白焼きの鰻がそのまま店頭に並ぶことも珍しくない。仕入れた白焼きに、店独自のタレと焼き技で仕上げるのが、この地のうなぎ屋の流儀である。ひつまぶしにすれば、そのまま、薬味とともに、そして出汁をかけて——ひとつの鰻を三度の表情で味わうことができる。

四節

丑の日の風習

土用の丑の日に鰻を食べる習わしは、江戸時代の学者・平賀源内が広めたとされる。丑の日にちなみ「う」のつく食べ物を口にすると夏を無事に越せる、という古くからの言い伝えに由来する。

2026年 夏の土用の丑の日
7月26日
日曜日
土用の期間は7月20日から8月6日まで。丑の日が巡ってくるのはこの一日きりで、今年に二の丑はない。
五節

夜のお菓子、うなぎパイ

浜松銘菓「うなぎパイ」の物語は、1887年、宇津ノ谷峠から出てきた青年・芳蔵が開いた露天の菓子店にさかのぼる。1889年に東海道線が開通し浜松駅が生まれると、旅人への土産を商うこの店の歴史が本格的に始まった。

1961年、二代目社長・山崎幸一は「浜松といえば浜名湖、浜名湖といえば鰻」という連想から、鰻にちなむ洋菓子を思い立つ。フランス菓子パルミエを手本に焼き上げられたのが、うなぎパイである。

60万本
1962年
700万本
1965年

東海道新幹線と東名高速道路の開通という追い風を受け、わずか3年で年間販売数は10倍を超えた。2005年には製造工程を見学できる「うなぎパイファクトリー」が浜松に開設されている。鰻にあやかり滋養のイメージをまとうことから、地元では古くから「夜のお菓子」の愛称で親しまれている。