月末レート(円/ドル)、1957年1月〜。データ: IMF International Financial Statistics
グラフのオレンジの破線は、日本の購買力平価(PPP、Purchasing Power Parity)です。世界銀行の「PPP conversion factor(GDP ベース)」を用いており、「アメリカで1ドルで買えるものと同じ財・サービスのセットを日本で買うのに必要な円の金額」を表します。
購買力平価は「モノの値段から見た通貨の適正水準」の理論値です。実勢レート(青線)が購買力平価より上(数値が大きい)にあるときは円が購買力に対して割安(円安すぎる)、下にあるときは割高(円高すぎる)と解釈されます。
グラフからは、1990年代には実勢レートが購買力平価を大きく下回る「行き過ぎた円高」だったのに対し、近年は実勢レートが購買力平価(2024年で約94円)を大きく上回る「行き過ぎた円安」となっていることがわかります。日本の購買力平価自体も、バブル期の187円(1990年)から94円(2024年)へと長期的に低下(円の実力向上)しており、これは日本の物価上昇率がアメリカより長期にわたって低かったことを反映しています。
緑の点線は、英エコノミスト誌のビッグマック指数から計算した購買力平価です。世界中でほぼ同一品質で販売されているビッグマックの価格を日米で比較し、「日本のビッグマック価格(円)÷アメリカの価格(ドル)」を暗示PPPとするもので、単一商品によるシンプルなPPPの指標として1986年から毎年公表されています。例えば2026年7月時点では日本のビッグマックは500円、アメリカでは6.22ドルなので、暗示PPPは約80円/ドル。実勢レートがこれを大きく上回っており、ビッグマック基準でも円は約5割「割安」と評価されます。なお単一商品の価格比較であるため、家賃や人件費などの構造差の影響を受けやすい点に注意が必要です。
いずれの購買力平価もあくまで理論上の目安であり、実際の為替レートは金利差や資金フロー、リスク心理などによって大きく動くため、両者の乖離がすぐに解消されるとは限りません。
データ: 世界銀行PPP … World Bank, World Development Indicators, 指標コード PA.NUS.PPP(年次、1990〜2024年)。CSV / JSON
ビッグマック指数 … The Economist, Big Mac Index(2000年4月〜2026年7月、年2回)。JSON / 全データCSV(出典: github.com/TheEconomist/big-mac-data)
| 時期 | 出来事 | 為替への影響 |
|---|---|---|
| 1971年8月 | ニクソン・ショック(ドルと金の交換停止) | 固定相場(1ドル=360円)の崩壊へ |
| 1971年12月 | スミソニアン協定 | 1ドル=308円に切り上げ |
| 1973年2月 | 変動相場制への移行 | 円は265円前後で変動開始 |
| 1985年9月 | プラザ合意(G5) | 240円前後から1年余りで150円台へ急激な円高 |
| 1987年2月 | ルーブル合意(G7) | ドル安の歯止めを図るも円高基調が続く |
| 1995年4月 | 阪神・淡路大震災後の円高局面 | 一時79円台と当時の史上最高値を記録 |
| 1998年8月〜10月 | ロシア財政危機・LTCM危機 | 円キャリー取引の巻き戻しで147円台から111円台へ急激な円高 |
| 2008年9月 | リーマン・ショック | 100円台から87円台へ円高が加速 |
| 2011年3月 | 東日本大震災 | 一時76円台へ急騰、G7が協調介入 |
| 2011年10月 | 円が75円台の史上最高値を更新 | 政府・日銀が過去最大規模の円売り介入を実施 |
| 2013年4月 | 日銀の量的・質的金融緩和(アベノミクス) | 80円台から100円台へ大幅な円安 |
| 2022年3月〜10月 | 米FRBの急激な利上げ | 115円前後から151円台へ、約32年ぶりの円安水準に |
| 2022年9月〜10月 | 政府・日銀の円買い介入 | 24年ぶりの円買い介入、一時的に円高へ反転 |
| 2024年3月〜7月 | 日銀のマイナス金利解除・追加利上げ | 7月に161円台と約38年ぶりの円安をつけた後、円買い介入もあり140円台へ反転 |
1971年8月15日、米ニクソン大統領がドルと金の交換停止を発表。第二次世界大戦後の国際通貨体制(ブレトン・ウッズ体制)の根幹であった金本位制が崩れ、1ドル=360円で23年間固定されてきた円相場が大きく揺らぐ契機となりました。日本は360円防衛を試みましたが、同年12月のスミソニアン協定で大幅な円切り上げを受け入れることになります。
主要10か国がワシントンのスミソニアン博物館で行った多通貨調整の合意。ドルの対金平価を1オンス35ドルから38ドルへ切り下げ、円は1ドル=360円から308円へ16.88%の切り上げとなりました。固定相場制自体は維持されましたが、平価の再調整が続き、わずか1年余りで崩壊します。
スミソニアン体制のもとでもドル売り圧力が止まらず、1973年2月に日本は変動相場制へ移行。欧州主要国も追随し、主要通貨の変動相場制時代が始まりました。円は265円前後で取引を開始し、その後はオイルショックなどを経て1978年には一時175円台まで円高が進みました。
1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテルで日米英仏独のG5財務相・中央銀行総裁がドル高是正のための協調介入に合意。当時240円前後だった円は、合意後わずか1年余りで150円台へ、1987年には120円台へと急騰しました。急激な円高は輸出産業を直撃し「円高不況」を招き、これに対応した金融緩和がバブル景気の一因になったとされています。
プラザ合意後も止まらないドル安に歯止めをかけるため、主要国がパリのルーブル宮で「為替レートを現在水準で概ね安定させる」ことに合意しました。短期的には相場を安定させましたが、協調体制は長続きせず、同年10月のブラックマンデー(株式大暴落)後は再びドル安・円高が進行しました。
1995年1月の阪神・淡路大震災後、保険金支払いのための資金還流観測などから円買い圧力が強まり、4月19日には1ドル=79.75円と当時の戦後最高値を記録しました。その後、G7が「秩序ある円高の巻き戻し」で協調し(逆プラザ合意とも呼ばれる)、同年夏以降は円安方向へ転じました。
1998年8月のロシアの債務不履行と、9月の米ヘッジファンドLTCMの破綻で国際金融市場が混乱。それまで流行していた「低金利の円で資金を調達し高金利資産に投資する」円キャリー取引が一斉に巻き戻され、10月には147円台から111円台へ、わずか数日で30円超という歴史的な急激な円高が発生しました。
2008年9月15日の米投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻を発端に世界金融危機が勃発。リスク回避の動きから再び円キャリー取引の巻き戻しが起こり、「有事の円買い」で円は100円台から2009年初めには87円台へと大幅な円高となりました。先進国の中で日本だけ政策金利に下げ余地がほぼなかったことも、円が買われる一因でした。
2011年3月11日の東日本大震災後、復興資金の還流思惑などから投機的な円買いが加速し、3月17日には一時76.25円と当時の史上最高値を更新。翌18日にはG7が2000年以来11年ぶりの協調円売り介入を発表し、急騰に歯止めがかかりました。
欧州債務危機を背景としたリスク回避の円買いが続き、2011年10月31日に円は75円台前半と戦後史上最高値を更新しました。同日、財務省は単独で円売り介入を断行。この日を含む一連の介入は1日あたりとして当時過去最大規模となりました。しかし構造的な円高基調は、アベノミクス登場まで続くことになります。
2012年末の政権交代で発足した安倍政権の経済政策(アベノミクス)への期待で円売りが進み、2013年4月4日には黒田日銀が「量的・質的金融緩和」(いわゆる異次元緩和)を導入。2年で2%の物価目標達成を掲げ大規模な資金供給を行い、円は80円台から2013年中に100円台、2015年には125円台へと大幅な円安が進みました。
2022年3月、米FRBが記録的インフレへの対応のためゼロ金利政策を解除し、異例の速さで利上げを開始。一方、日銀は大規模緩和を維持したため日米金利差が急拡大し、円は年初の115円前後から10月には151円台へ。1990年以来約32年ぶりの円安水準となりました。
急激な円安の進行を受け、財務省は2022年9月22日に145円台で円買い・ドル売り介入を実施。円買い介入は1998年以来24年ぶりでした。10月21日にも151円台で追加介入を行い、一時的に大幅な円高へ反転。その後は米利上げペースの鈍化観測もあって円安の勢いが緩和されました。
2024年3月19日、日銀は17年ぶりの利上げとなるマイナス金利政策の解除を決定。ただし日米金利差の大きさは変わらず、円安はさらに進行して7月3日には161円台後半と約37年半ぶりの水準を記録しました。7月11日〜12日には財務省が円買い介入を実施し、7月31日に日銀が0.25%への追加利上げを決定すると、円キャリー取引の巻き戻しも重なり、8月上旬には141円台へと急激な円高に転じました。