米国家計の純資産:上位1%と下位50%(実質値)
FRB「Distributional Financial Accounts(DFA)」の純資産を、物価指数で 2026年第2四半期ドル に換算。2000年第1四半期〜。
主な時点の値
このグラフから読み取れる米国経済の教訓
DFAの資産・負債の内訳(名目、兆ドル)に分解すると、グラフの動きはおもに資産構成とレバレッジの違いで説明できます。
| 資産に占める割合(2026Q2) | 上位1% | 下位50% |
|---|---|---|
| 株式・投資信託 | 53.5% | 3.6% |
| 不動産 | 10.8% | 46.9% |
| 耐久消費財 | 1.9% | 21.1% |
| 非法人事業 | 14.4% | 1.6% |
| 年金受給権(確定給付+確定拠出) | 5.3% | 12.8% |
| 負債/資産 | 1.9% | 58.4% |
1. 富の格差の拡大は、ほぼ「株価」の話である
2000Q1→2026Q2に上位1%の純資産は48.6兆ドル増えました。そのうち28.0兆ドル(58%)が株式・投資信託によるもので、非法人事業が6.7兆ドル、不動産が5.3兆ドルと続きます。資産に占める株式の割合も40.9%から53.5%へ上がりました。一方、下位50%の株式保有は資産の3.6%にすぎません。これは、米国の富の格差の動きが所得の差よりも「株式中心の上位層」と「住宅中心の中間層」の資産価格の差で大きく説明できるとした Kuhn, Schularick & Steins(2020) の結論と一致します。金融政策や金利の変化は、意図していなくても分配に影響します。ただし、DFAだけでは因果関係までは特定できません。
2. レバレッジは下位層の損失を増幅する
2007Q4→2009Q2の純資産の変化は、上位1%が−19%、下位50%が−62%でした。下位50%の資産総額の減少は約10%にとどまっていますが、負債/資産比率が81.5%から92.3%へ上がっていたため、純資産は6割減りました。上位1%の負債比率は3%前後です。住宅ローンによる持ち家は下位層の主な資産形成の手段ですが、同時に、住宅価格が下がったときに損失を何倍にも膨らませる仕組みでもあります。下位50%がPCE実質で2007年の水準を取り戻すまでには、約10年かかりました。
3. 2020年以降は、下位層が実際に改善した珍しい時期である
2019Q4→2021Q4に下位50%の純資産は+86%増え、負債比率は72.9%から58.4%へ下がりました。背景としては、コロナ禍の財政移転、住宅価格の上昇、そして低賃金層で賃金が相対的に上がったこと(Autor, Dube & McGrew 2023 のいう「予期せぬ賃金格差の圧縮」)が考えられます。2022年の利上げ局面(2021Q4→2022Q3)では、上位1%が株価下落で−10.7%減った一方、下位50%は+4.2%増えました。同じマクロショックでも、借り手と株式の保有者とでは効果の向きが逆になりえます。
4. 富の変化は、生産や厚生の変化と同じではない
2026Q2の上位1%の+10%(+5.5兆ドル)は、そのほぼ全部が株式の時価上昇によるものです(+5.0兆ドル)。これは評価益であって、新たに生産されたものではありません。ストック(資産)の格差とフロー(所得・消費)の格差は別の指標です。資産価格が実体経済よりも速く上がる局面では、資産の格差が実体経済の格差以上に広がって見えます。
5. 提示の仕方で印象が大きく変わる
名目総額で見ると「上位は+48.6兆ドル、下位はほぼ横ばい」に見えます。実質総額で見ると、上位×2.89、下位×1.78(PCE)で、下位も増えています。シェアで見ると、上位は27.8%→32.5%、下位は3.2%→2.3%です。世帯あたりで見ると、約50倍の人数差が加わります。「格差が拡大した」という主張が、水準・伸び率・シェアのどれについての話なのかを分けて議論する必要があります。
政策論への含意(見解が分かれる点)
- 総需要への影響:Mian, Straub & Sufi(2021)の「富裕層の貯蓄過剰」仮説は、上位層への富の集中が低金利と家計債務の増加を生んだと主張します。一方で、因果の向きや国際的な資本移動の役割について反論もあります。
- 課税:富裕税や含み益への課税を支持する側は、教訓1を根拠に挙げます。反対する側は、資産の評価の難しさ、資本の国外流出、法的な制約を指摘しています。
- 下位層の資産形成:持ち家と確定拠出年金が主な経路です。ただし教訓2が示すとおり、持ち家を増やすことはレバレッジを増やすことと表裏一体です。
データの限界:DFAは、家計全体の総額を3年ごとの調査(SCF)の分布で配分しているため、四半期ごとの階層間の動きには推計が含まれます。また、下位50%の資産の約2割は、価値が年々目減りする耐久消費財です。
データと方法
- 純資産:FRB, Distributional Financial Accounts(
dfa-networth-levels.csv、四半期末残高、百万ドル)。DFAは金融勘定(Z.1)の家計・非営利団体部門のバランスシートを、消費者金融調査(SCF)を用いて資産階層別に配分した統計。 - 上位1% は DFA の「Top 0.1%(TopPt1)」と「99–99.9th(RemainingTop1)」の合算。FRED の WFRBLT01026 と全期間で一致。下位50% は「Bottom50」(FRED WFRBLB50107)。
- デフレーター:PCE価格指数(PCEPI、FRBの物価目標の基準)と、都市部全消費者CPI(CPIAUCSL)。いずれも季節調整済み月次。純資産は四半期末のストックなので、各四半期末月(3・6・9・12月)の指数で換算した。実質値 = 名目値 × P2026Q2 / Pt。両指数の違いは下記。
- シェア:5階層(Top 0.1%, 99–99.9, 90–99, 50–90, Bottom 50%)の純資産合計に対する比率。デフレーターに依存しない。
- データ取得日:。DFAの直近四半期はSCF・金融勘定の改定により修正されうる。
2つのデフレーター:PCE価格指数とCPI-U
どちらも米国の消費者物価を測る指数ですが、作成機関・対象範囲・ウエイト・算式が異なるため、長期では上昇率に差が出ます。本ページでは、FRBの物価目標の基準であるPCE価格指数を主系列とし、比較のためにCPI-Uでも換算しています。
| PCE価格指数(PCEPI) | CPI-U(CPIAUCSL) | |
|---|---|---|
| 作成機関 | 商務省経済分析局(BEA)。国民所得・生産勘定(NIPA)の一部 | 労働省労働統計局(BLS) |
| 対象 | 米国居住者の個人消費支出。家計に代わって支払われる支出(雇用主負担の医療保険料、メディケア・メディケイドなど)も含む | 都市部の全消費者(人口の9割超)が自ら支払う支出 |
| ウエイトの出所 | 企業側の統計にもとづくNIPAの消費支出推計 | 家計への調査(消費者支出調査:CE) |
| 指数算式 | 連鎖型フィッシャー指数。品目間の代替を毎期反映 | 品目内の基本指数は主に幾何平均(1999年1月以降)、上位の集計は固定バスケット型 |
| 基準 | 2017年=100 | 1982–84年=100 |
| 改定 | 基礎統計の更新や方法変更に応じて過去に遡って改定 | 原系列は公表時に確定。季節調整済み系列は季節調整係数の見直しで改定される |
| 主な用途 | FOMCの2%物価目標の基準(2012年1月採択、2026年1月再確認) | 契約・賃金・公的制度の物価連動に広く利用(社会保障給付の調整には同じBLSのCPI-Wを使用) |
BLSのJohnson(2017)は、両指数の差を次の4つの効果に分けて整理しています。
- 算式効果:連鎖フィッシャー型か、固定バスケット型か。
- ウエイト効果:企業側データか、家計調査か。CPIでは住居費のウエイトが大きい。
- 範囲効果:家計に代わって支払われる支出を含むかどうか。
- その他:季節調整の違いなど。
本ページの換算期間(2000年3月→2026年6月、26.25年)について、物価の累積上昇率を比べると次のとおりです。
- PCE価格指数:78.4%(年率2.23%)
- CPI-U:94.5%(年率2.57%)
年率で約0.34ポイントの差があります。そのため、2000年時点の実質値はCPI-Uで換算したほうが約9%大きくなり、2000年からの実質伸び率はPCEで換算したほうが大きくなります(上位1%で×2.89と×2.65、下位50%で×1.78と×1.63)。どちらで換算しても、上位1%の伸びが下位50%を上回るという結論は変わりません。
出典:BEA・BLS(FRED PCEPI、FRED CPIAUCSL)、BLS CPI Questions and Answers、FOMC Statement on Longer-Run Goals and Monetary Policy Strategy。
読み方の注意
- 上位1%は約130万世帯、下位50%は約6,500万世帯。総額の差には人数差が含まれる。世帯あたりに換算すると差はさらに大きい(約50倍の人数差)。
- 家計の資産価格(株式・不動産)は消費者物価とは別の動きをする。実質化は「消費財で測った購買力」への換算であり、資産価格の上昇自体を除去するものではない。
- DFAは家計部門全体の総額をSCFの分布で配分しているため、個票調査の年(3年ごと)の間は補間・推計を含む。
文献
- Kuhn, M., Schularick, M., & Steins, U. I. (2020). Income and Wealth Inequality in America, 1949–2016. Journal of Political Economy, 128(9). doi:10.1086/708815
- Mian, A., Straub, L., & Sufi, A. (2021). The Saving Glut of the Rich. NBER Working Paper 26941. nber.org/papers/w26941
- Autor, D., Dube, A., & McGrew, A. (2023). The Unexpected Compression: Competition at Work in the Low Wage Labor Market. NBER Working Paper 31010. nber.org/papers/w31010
- Johnson, N. (2017). A Comparison of PCE and CPI: Methodological Differences in U.S. Inflation Calculation and Their Implications. BLS. bls.gov
data.csv:本ページで使った四半期データ(兆ドル、名目・PCE実質・CPI実質、シェア、各期の物価指数)。